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浦和地方裁判所川越支部 昭和34年(ワ)52号 判決

原告 深井保平

右訴訟代理人弁護士 小田切秀

館孫蔵

被告 佐々木三四子 〈外二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 西村真人

岸巌

萩秀雄

被告 新井陽司こと 朴昌一

主文

原告に対し、被告佐々木三四子は別紙目録記載の建物の内別紙見取図斜線部分(但し、ロハ''の二点を結んだ直線の北側の部分を除く)を収去して、別紙目録記載の宅地の内別紙見取図イロハ''ニの各点を結んだ線で囲まれた部分を、被告佐々木儀八郎及び被告佐藤キイは同目録記載の建物の内同見取図青斜線部分(但し、右ロハ''線の北側の部分を除く)から退去して、右宅地の内右建物の部分の敷地に相当する部分(右ロハ''線南側の部分)を、被告朴昌一は右建物の内同見取図赤斜線部分から退去して、右宅地の内右建物の部分の敷地に相当する部分を、それぞれ明け渡せ。

被告佐々木三四子は原告に対し昭和三十四年八月二十四日以降右建物収去宅地明渡済に至るまで一ヵ月金二、七四八円の割合による金員を支払え。

被告佐々木儀八郎は原告に対し金五六、九〇六円及びこれに対する昭和三十四年九月十九日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は金員の支払を命ずる部分に限り、原告が被告佐々木三四子に対しては金三〇、〇〇〇円、被告佐々木儀八郎に対しては二二、〇〇〇円、の各担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

別紙目録記載の宅地の内別紙見取図イロハ''ニの各点を結んだ直線で囲まれた部分が原告の所有であること、原告が昭和二十二年末頃この部分を被告佐々木儀八郎に普通建物所有の目的で期間を定めず賃料毎月末払の約定で賃貸したこと、右宅地の賃料が原告に同被告との間の協議により遂次増額され昭和二十九年五月一日以降一ヵ月金七三三円となつていたこと、原告が昭和三十四年八月十七日同被告に対し右宅地の同年七月三十一日までの賃料金五四、八六九円の滞納があるとして書留内容証明郵便をもつて右金員を同郵便到達後五日以内に支払うよう催告しかつ右期限内にこれを支払わないときは前示賃貸借契約は当然解除される旨の停止条件附契約解除の意思表示をなし、同郵便がその翌十八日同被告に到達したこと、等は被告佐々木三四子被告佐々木儀八郎被告佐藤キイ等の認めるところであり、被告朴昌一もこれを明らかに争つてはいない。

しかして、証人牧野宇太郎の証言及び同証言により成立を認め得る甲第十一号証の二によると、原告が被告佐々木儀八郎に賃貸した右宅地の範囲は別紙見取図イロハ''ニの各点を結んだ直線で囲まれた部分であることが明らかである(原告主張のハ点、被告等主張のハ'点、はいずれも二点からの距離八、三五間に合致しないので正確とは認められない)。

よつて、先ず右催告の効力の点について判断する。

原告は、右宅地の賃料は原告と被告佐々木儀八郎との間の協議により昭和三十二年四月一日以降一ヵ月金二、一三五円に、昭和三十三年五月一日以降一ヵ月金二、七四八円に、逐次増額されたと主張し、被告佐々木三四子被告佐々木儀八郎被告佐藤キイ等は右各増額の申入があつたことは認めるが、被告佐々木儀八郎がこれを承認し増額の協議が成立した点を否認している。しかして同被告等の自認するところによると、被告佐々木儀八郎の昭和三十二年九月十三日現在における滞納額は同年八月分の一部金五五〇円であり(証人佐藤淹吉(第一回)の証言により成立を認め得る甲第六号証の二の「地代」簿には同年四月十日現在における滞納額金八九四円の記載があるので、仮に賃料一ヵ月金七三三円の割で計算すると同年九月十三日現在の滞納額は金五五九円となることが計算上明らかである)、同被告がその後原告に対し同年十二月二十九日金三、〇〇〇円昭和三十三年四月三日金五、〇〇〇円同年八月十一日金三、〇〇〇円の賃料支払をなしたことは当事者間に争がない。ところで、仮に増額の協議が成立していないとすれば、昭和三十二年十二月二十九日金三、〇〇〇円を支払つた直前における滞納額は金二、七四九円(金二、七五八円)であるから、同被告は同日金二五一円(金二四二円)を過払又は前払したことになり、昭和三十三年四月三日金五、〇〇〇円を支払つた直前における滞納額は金二、六八一円(金二、六九〇円)であるから、同被告は同日金二、三一九円(金二、三一〇円)を過払又は前払したことになり、同年八月十一日金三、〇〇〇円を支払つた直前における滞納額は金六一三円(六二三円)であるから、同被告は同日金二、三八七円(金二、三七八円)を過払又は前払をしたことになる。しかして右甲第六号証の二により認め得る従前の賃料支払状況(常に滞納し勝で、滞納額の多い時は金二〇、〇〇〇円を超えている)を勘案し、かつ右の如き過払又は前払をするについての特段の事情が主張立証されていないので、同被告は原告の賃料金二、一三五円への増額の申入を承認した上で右の如く支払をなしたものと認めるのが相当である。その承認の時期は明らかでないが、右甲第六号証の二を見ると、昭和三十二年九月十三日金四、〇〇〇円入金の記載の次に同年四月乃至同年十月分の賃料合計額金一四、九四五円の記載がありその次に同年十一月十二月分の賃料合計金四、二七〇円の記載があるところからして、おそらく同年十月末頃同年四月に遡つて増額の協議が成立したことが推認される。次に右甲第六号証の二証人佐藤淹吉(第一回)≪省略≫を綜合すると、原告の長男深井巽は原告を代理して昭和三十三年八月十一日以後同年十月頃までの間に被告佐々木儀八郎方に赴き、留守居の被告佐藤キイに対し本件宅地の賃料を同年五月に遡つて一ヵ月金二、七四八円に増額する旨の申入をなしたところ、昭和二十九年八月頃被告佐々木儀八郎方に来住して以来同被告に代つて本件宅地の賃料の支払をなしていた被告佐藤キイは右巽に対し「近所がそうなら私のところもそうして下さい」と言つて、被告佐々木儀八郎を代理して右申入を承認した事実が窺われる(右各証言によると右増額の申入は前年度と同様固定資産税が上つたため原告の貸地約二百口につき一斉に行われたものであることが認められ、前年度に比し増額の巾も狭く、被告佐々木儀八郎が特に右申入を拒否しなければならない特段の事情は認められない)。証人斎藤恭太郎の証言被告佐々木儀八郎被告佐藤キイの各供述中叙上認定に反する部分は信用せず他に右認定をくつがえすに足りる証拠は存しない。

しかして右甲第六号証の二証人佐藤淹吉(第一回)の証言によると、右増額賃料で計算した昭和三十四年八月十七日現在における滞納額は金五四、八六九円となることが明らかである。

してみると、前示催告は有効であり、それが過大であることを前提とする被告等の抗弁は理由がないものというべきである。

次に被告等は、原告は被告佐々木儀八郎の代理人佐藤キイの懇請を容れ前示催告期間を二十日間延長した旨主張するが、斯る事実を肯認し得る証拠は存しない。

しかして、被告佐々木儀八郎が前示催告期間内に催告金額を提供しなかつたことは被告等の争わないところであるから、前示賃貸借契約は催告期間の末日昭和三十四年八月二十三日の経過に因り条件が成就し解除の効力を生じたものと解するのが相当である。

被告等は右解除は権利の濫用である旨主張するが、たとい被告等の主張のような事実(原告と被告佐々木儀八郎との親交関係、製塩工場建設資材の用立、契約書通帳等の不作成、賃料の遡及増額協定、賃料の低廉、原告一家の土地所有状態、等)が認められるとしても、前示解除が権利の濫用にあたるものとは到底解し難い。

なお被告等は、昭和三十四年九月二十二日原告と被告佐々木儀八郎との間に和解が成立し原告は前示解除の意思表示を撤回した旨主張するが、同被告の供述によると同被告は同年九月下旬原告に和解の申入をしたが和解成立に至らなかつた事実が窺われ、他に右主張事実を認め得る証拠は存しない。

他に前示解除を無効とすべき事由は認められない。

ところで、被告佐々木儀八郎が本件宅地上に別紙目録記載の建物(但し、当初は二棟でその総坪数は現在のものより稍少なかつた)を建設所有していたこと、昭和二十九年三月十五日右建物につき被告佐々木三四子名義に贈与に因る所有権移転登記がなされていること、は当事者間に争がない(被告朴昌一もこれを明らかに争つてはいない)。

被告等は、前示登記は単に形式的になされたもので被告佐々木三四子は前示建物の真実の所有権者でない旨主張する。しかし前示登記により同被告の所有に属することが推定されるばかりでなく、成立に争のない乙第十五号証によると、前示建物は昭和二十六年七月十日埼玉県の県税滞納処分差押により被告佐々木儀八郎名義に保存登記がなされ、昭和二十七年二月六日同被告から訴外西秋晴江に贈与に因る所有権移転登記がなされ、次で昭和二十九年三月十五日同訴外人から被告佐々木三四子に前示登記がなされたものであることが認められ、被告佐々木儀八郎本人尋問の結果によると、同被告が斯様に他人名義(但し被告佐々木三四子は被告佐々木儀八郎の妻である)に登記をなしたのは、同被告の営む土木建築業が失敗した場合債権者からの差押等を免れるためであり、その虞がなくなれば何時でも同被告名義に戻すという合意の下になされたものであることが窺われるので、対内的には兎も角対外的には所有権の移転があつたものと解すのが相当であり、他に反対証拠は存しない。とすると前示建物は原告に対する関係においては被告佐々木三四子の所有に属するものというべきである。

されば同被告は前示建物を所有することによりその敷地である本件宅地を占有するものであり、また被告佐々木儀八郎及び被告佐藤キイが右建物中別紙見取図青斜線部分に居住し、被告朴昌一が同じく赤斜線部分を店舗として使用し、各その敷地に相当する本件宅地の一部を、それぞれ現に占有していることは、同被告等がそれぞれ自白するところである。

しかして、被告等の右各占有は、同見取図ロハ''線南側部分に限り、正当権原に基づかないものであるということができる。

してみると、原告が本件宅地の所有権に基づき、被告等に対し、それぞれ前示建物の内同見取図ロハ''線南側の部分の収去又は退去による本件宅地(ロハ''線南側)の各占有部分の明渡を求め、被告佐々木三四子に対し昭和三十四年八月二十四日以降右収去明渡済に至るまで一ヵ月金二、七四八円の割合による賃料相当損害金の支払を求め、被告佐々木儀八郎に対し同年同月二十三日までの賃料金五六、九〇六円(前示滞納額金五四、八六九円に、同年八月分を日割で計算した賃料額金二、〇三七円を加算した額)及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな同年九月十九日以降右完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求める部分は正当であるから、各これを認容すべく、その余の請求(別紙見取図ロハハ''の各点を結んだ直線で囲まれた部分について建物の収去又は退去による宅地の明渡を求める部分)は失当として棄却すべきものとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を、それぞれ適用し、なお宅地の明渡を求める部分についてはその必要がないと認め仮執行の宣言をしないことにし、主文のとおり判決する。

(裁判官 土方一義)

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